謹んで新春をお祝い申し上げます

令和4年 元旦

みなさまにおかれましては清々しい気持ちで新年をお迎えのことと、お慶び申し上げます
また旧年中、多大なるご支援をいただき、改めて御礼申し上げます

今後も更なる技術・サービスの向上に努めて参ります

今年もより一層のご支援、お引立てを賜りますようお願い申し上げます
皆様のご健康とご多幸をお祈りし、新年のご挨拶とさせていただきます

JOY美容室 Hair&Make JOYPLAZA

干支が伝えるメッセージとは?

2021年 (令和3年) の干支 (えと)は 辛丑(かのと・うし/ しんちゅう) でした。

干支とは太陽の運行、動物の誕生~終焉(=生命の循環)を10等分で表す十干
(じっかん:甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸) と

月の満ち欠け、作物の芽吹き~収穫までを12等分で表す十二支
(じゅうにし:子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥) の組み合わせで、60通りあります

つまり同じ干支は60年に1度巡ってくる組み合わせとなります

ニュースなどで「来年の干支は〇〇」というのは十二支のみ指している場合が多いです。

対して象徴する事件・事象に、本来の干支を付けた呼び名は多数存在します。
戊辰戦争(慶応4年/明治元年 1868年 / つちのえ・たつ/ ぼしん)が有名です、甲子園球場(大正13年 1924年 / きのえ・ね/ こうし)の命名にその姿を見ることができます。

辛丑(かのと・うし/ 2021年 )はどんな1年でした?

昨年、当サイトでは

痛みを伴う終わりがあり、その先に希望の光が見える

と結びました。 は肉体的な苦痛、つらい、からい、ひどいの意味を持ちます (入れ墨針の象形 )

終わり」とは、時代にそぐわなくなった事、世の中の仕組みがゆっくり衰退をはじめ、次の世代にその座を渡すという意味。

お客様に惜しまれつつ消えていった老舗店舗やデパート、サービスも多かった気がします。
逆に終わりそうに見えても終わらないもの(事)も多く、今はちょうど大きな章の過渡期にあたるのではないでしょうか。

辛丑(かのと・うし/ 令和3年/ 2021年 )

2021年(令和3年) を振り返ってみましょう

コロナウイルス攻防と、オリンピック・パラリンピック

正直、新型コロナウイルス関連の出来事と、オリンピック・パラリンピック記憶が残っていません。
ワクチン接種の混乱と、オリ・パラだけの記憶…、になりますか…。
いくらなんでも酷いなと思いますが、そのくらい他に思い出すべきものが無かったというか…、都合悪いことは記憶しないというか…。

ただ、この少ない記憶の中にも、2021年辛丑を象徴するできごとがいくつも含まれていました、みなさんは気づかれましたか?

私たち(美容)は恵まれていました

今もなお、最前線で戦う医療関係の方々、不幸にも亡くなられた方、感染後、様々な支障を抱え復帰出来ない方、時短や営業の制約を受けた飲食や旅行関連の方に比べ、私たち美容関係は(多少の制約こそありましたが) 営業を続けられただけでも幸せだったと感じます。

もちろん、やるべきことをすべて行った結果に基づくものですが、いつも明日は真っ暗な闇ではなく、多少なりとも光は見えていました。
明るかった、消えかけたの振れこそありましたが、ずっと消えることなく見えていたと思うのです。

オリ・パラは希望? それとも…

最初に、2021年オリンピック・パラリンピック開催の是非について当サイトがコメントすることはありません。
一旦、そのことを置いて、国際的な大イベント (興行と呼ぶべき?) が、かなりイレギュラーな形態だったにせよ、無事に開催できたのは日本だったからではないでしょうか?

他の国がどうではなく、(良い・悪いを含め)多方面に、極めて日本的な集中と突破を見せてくれたように思えます。

辞任・分断・また辞任

開催に至るプロセスには多くの人が疑問を持ち、境界線こそ曖昧でしたが分断というかたちで可視化されました。
新型コロナ禍での分断 (らしき)に次ぐ、二度目の分断と考えています。

DNAが成せる業なのか、多くの日本人は人前で強く意見をぶつけることを良しとしないのですが、力で押し切ろうとする意思決定に対して異論を示すのは当然です。

ただ、自分と異なるものや意見を徹底排除しようとする流れは本当に残念であり、逆にそういった報道ほど目に付いてしまうものです。
まっとうな意見のぶつけ合いではなく、叩き合いや、足の引っ張り合いになってしまうことは私たちが修正すべき問題ですよね。

世界中で見る衝撃的な分断や紛争とは本質が違うのかもしれませんが、今まであまり経験のない「何とも形容しがたい違和感」がいつまでも付きまとう、そんな冬~夏の半年だったように思えます。

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画像:2021年アメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件 (2021年1月6日 JP Wikipedia)

古い価値観の終焉、次世代の台頭

いかにも昭和的なとも言える、結果ありき、力でねじ伏せる意思決定の仕組みが瓦解していくのを、大勢がリアルタイムで見ていたように思います。

こと、オリ・パラで言えば…

  • 誘致に携わった偉い人→ 誰もいません
  • 初期のメイン会場デザイン・ロゴデザインを担当 → いません
  • 大会を押し進めた中心人物→ (表面上) いません
  • 開/閉会式ディレクション → 直前に解雇
  • 開催を決定した国のリーダー→ 退陣

と、何でこんなにも人が変わってしまうのでしょう?

ブラックボックス化した意思決定のバグとしか言いようがないのですが、使えなくなった古いシステムのあぶり出し、心の価値観アップデートには十分だったように思います。正に辛丑(かのと・うし)的な出来事だったのではないでしょうか?

選手はもちろん、競技以外でも人々は光った

1年延期の後、開催すら危ぶまれた時期もあり「どうなるものか?」と思いましたが、やはり努力は嘘をつきませんよね。

出るべき人にどんどん光が当たり始め、各競技で世代交代は進んでいるかのように見えました。
特に新種目における10代・20代選手の活躍には驚きを通り越し、自分の怠惰な目を覚ますのには十分すぎるほど。

名もなき人々の強い意志

各競技や選手についてはみなさんの方がお詳しいと思いますので、あえて触れることはありませんが、競技以外の部分で記憶に残っているシーンも多かったと思います。すべて「名もなき日本人たち」、ボランティアの人たちが与えたもの。運営に携わる人たちの純粋な努力の (映像を通して) 伝播はいつも嬉しく、誇らしくもありました。

帰国する選手たちを拍手で送るボランティアのみなさん
投稿したマシュー・ピンセントさんは4度のボート ゴールドメダリスト ※現 イギリスBBC放送のスポーツレポーター

変化を求められている?

ばらしてしまうと、今まであまりパラリンピックには興味を持っていませんでした。
自国開催というのもありますが、これほどパラ競技を観たのは初めてです。そこには素晴らしい発見と驚きがありました。

時代との親和性は…

自分の存在を、主張をストレートにぶつける場としたパラ競技に分があるように映りました。
もちろん、オリンピックも同じなのですが、外野のノイズが遠かった分、純粋にそう見えただけなのかもしれません。

現実問題として、彼ら・彼女たちには必ず何らかの ” エクスキューズ “が付いてしまうと思っています。
競技以外、社会生活面でもしかりです。

映画、ドラマのように物事がどんどん解決してハッピーエンドを迎えるわけではなく、やはり一歩づつ、手探りでも解決するしか方法はありません。
美談に酔って何も見えなくなるのではなく、泥臭く前進することを選びたいですね。

できる人ができることをやる、ほんの少し意識を変えてみるだけで見える景色は変わっていく…。
多くの人々がそれに気づいたなら、行っていくのなら、変化することはそれほど怖いことではないような気がします。

パラリンピック 開会式ステージ「片翼の飛行機」での和合(わごう)由依さん

拒絶ではなく許容

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画像:キングオブコント2021 Official Twitterより

「オリ・パラからいきなりお笑いか~い!」
と怒られそうですが、実はここにも変化が表れていました。2021年10月 2日に放送されたキングオブコントでの話。

無意識の変化

放送後に読んだある記事に「あぁ、本当だ」と、思わず口にしてしまったことがありました。上位作品を含む、何組かのコントは「異質な他者をあえて受け入れる」ネタになっているという分析。

以前なら異質な他者(もの)は嘲笑の対象となり、攻撃したり、それらが反撃することで生まれるズレが笑いの原動力となっていたような気がします。
叩いたり、大きな声で遮ったり、泣き叫んだり、痛めつけたりという展開。
” 私 ”と” 異質な人 “は最後まで決して交わることもなく、結末がバッドエンドでも笑えればOKという。

異質な他者との交流

トップバッターで出演し、惜しくも決勝へ駒を進めることができなかった蛙亭。ただ今大会の空気を一瞬で決定付けた破壊力は健在でした。
隔離されたエリアから脱走してきた人造人間(らしき)との攻防と心の交流を描いたもの。
嫌悪しつつも徐々に心が通い合い、最後には母性すら覚えてしまうという、蛙亭らしいシュールなネタです。

違和感で始まっても認めるべきは認める、今の時代が求める感情が確かにありました。
以前の引っ叩く・蹴飛ばして起こる笑いが、(違和感を最大限感じながら)認め合う姿に置き換わったのではないでしょうか?
瞬時の状況説明なのですが、出オチならぬ出ゲロは画期的というか、引くのか笑うのかが難しかったですよね。

後から知って驚いたのはライブイベントで新ネタを披露するとき、構成とオチのみ相方の中野さんに伝えてネタ合わせは行わないという点。
察しの良い芸人さんの中にはセリフから気付いていた人もいましたが、口を揃えて「絶対に無理!」と言い切りました。

「毎回新鮮な気持ちで…」と、本人たちは言っていますが、一発の真剣勝負を重ね、ネタを熟成させていく…。
考えるより遥かに難しいことをサラッとこなしていく、ここでも新世代の人たちが台頭してきていることが確認できますね。

笑いは時代の空気

瞬間最大風速が要求されるお笑いでは、時代が求めている” 空気 “を上手く取り入れる必要があると、素人ながら感じました。
全盛期だった’80年代のフォーマットをそのまま演じても少しも面白くないように、要求される心の “欲求” こそ、最も大切だということだと。

私たち美容室は誰かを笑かそうとしている仕事ではありませんが、時代の “欲求” を巧みに取り入れるという点でとても興味深く、同時に考えさせられたりもしました。

でも、本当に面白いものとは…

あくまで個人の意見として、本当におかしい・面白いと感じるのは、かつてドリフターズやコント55号がやっていたような、ばかばかしくエネルギッシュな笑い。
下品かつ、溢れるナンセンス、PTAが目くじら立てて有害番組指定するような笑いなのかと思っています。

何だかんだ「今の笑い」という理由を当てはめてみたとしても、制限がかかったような笑いは逆に不健康に思えています。
時代が求めているというのは、実は時代が ”それ” を許していないということです。コンプライアンス順守は当然なのですが…。

結局、許していないのはその時代に生きる “人” が決めていることに他なりません。そこには私たちの意思が確実に反映されています。

2022年(令和4年) の干支は「壬寅(みずのえ・とら/ じんいん)」

 令和4年 (2022年) 壬寅(みずのえ・とら/ じんいん)

2022年 壬寅(みずのえ・とら)はどんな1年になるのでしょうか?

(みずのえ )

(みずのえ)」は十干の9番目、生命の循環で言えば終わりの一つ手前です
季節は冬、次の生命を育む準備の時期

「“妊”に通じ、陽気を下に姙むこと」 =(冬を耐え蓄えた陽気で次代の礎となる、土の下で芽が膨らみ土が盛り上がる様子) とあります

壬(みずのえ)は水の兄と表し水の陽を表します。
壬は、はた糸(織り糸)を巻き付けた象形、他にはらむ (妊娠する)、おもねる (≒へつらう 気に入られようとする) の意味を持ちます。

水は静寂・堅守・停滞・冬の象徴で、兄(陽)は激しい、大きいという意味を持っていますので厳冬期をイメージします。

は十二支の3番目、前年「丑」で実行した発芽をさらに進め、誕生を意味します
暖かくなり土中で虫(ミミズ)が動き出す様、春の胎動の意味

木の陽であり、発芽、成長、誕生を表します

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壬寅(みずのえ・とら) のメッセージとは?

壬寅 =壬(水の陽)と、寅(木の陽)の関係性は「水 生 木」、「相生(水が木を育てる)」となり、補完し助ける組み合わせです。
水が無ければ木は枯れてしまうので、壬が寅を助ける関係だと言えます。

壬にはおもねる・へつらうなど、異なるイメージもありますが、本質はゆったりと流れる大河。
対して、寅は素早い決断の象徴なので、この組み合わせは (焦ることなく) 大きな決断を求められるのでは? と考えています。

冬が厳しいほど春の芽吹きは助けられ、祝福される誕生を迎える

と、壬寅のメッセージを読み解くことができそうです。
この先まだまだ寒そうな日が続きそうですが、これを超えればようやく春に出会えそうです。

来年も皆さまと笑顔でお会いできるよう、さらに精進してまいります。
今年もJOY&JOYPLAZAをよろしくお願い申し上げます。

2022年 (令和4年) 元旦